御題目に救われ、新たな人生の道を見つける

池本カタジーナさん:「御題目に救われ、新たな人生の道を見つける」
池本カタジーナさん:「御題目に救われ、新たな人生の道を見つける」
倉敷・妙照寺 池本カタジーナ
 
 私は8才の時、はじめて黒沢明の時代劇映画『用心棒』を見て、三船敏郎演じる浪人武士の姿に感銘を受け、日本の武士の精神、文化、歴史、価値観に興味を持つようになりました。私が尊敬してやまなかった祖父は、大変厳格で物静かな人で、幼い頃から私を厳しく躾けてくれました。そんな大好きだった祖父の姿を、主人公の武士の姿にも見たのかもしれません。
 
 29歳のとき、故郷ポーランドのクラクフの街で日本の文化を紹介するお祭りがあり、そこで初めて剣道、居合道、杖道などの武道に出会いました。武田信玄と上杉謙信が子供のころからのヒーローだった私は、一瞬にしてそれらの虜になりました。しかも道場が自宅からすぐのところにあり、まずは居合道と杖道を習い始めました。武道を始めてすぐに「自分の生きる道はこれだ!」と直感で悟り、死ぬまで武道の道を歩もうと決心したのを覚えています。
 
池本カタジーナさん:「御題目に救われ、新たな人生の道を見つける」 イギリスで開かれた稽古会に参加したとき、日本からやって来た先生が「日本へ来て本格的に武道を学んでみないか?」と私を誘ってくれました。2011年11月に初めて来日して以来、毎回短い期間でしたが何度か日本へ渡り、夙川の先生の家に下宿しながら稽古に励みました。
 
 2012年の11月、1ヶ月休みを取り初めての来日、兵庫県連盟で居合道二段を取得しました。その後のお祝いのパーティの席で先生が「君は日本に住んで、本格的に私のもとで稽古すべきだ」と提案してくださり、すぐに私は日本への移住を決意。2013年5月から、英会話スクールの先生として働きながら日本に住むことになりました。武道のみならず、大好きなお寺廻りやお茶、着物の世界などにも触れることができるようになり、本当に幸せな日々を送っていました。
 
 そんな中、2014年末に祖国にいる祖父が末期ガンだということが分かりました。厳しいながらも自分にたくさんの事を教えてくれて、家族で唯一日本行きを後押ししてくれた祖父。ポーランドへ帰って尊敬する祖父のお世話をすべきか、日本へ残るべきか、本当に悩みました。これを機に、突如私は精神状態が悪くなり、悪夢にうなされるようになったのでした。
 
 その後すぐに『西国観音三十三ヶ所』を巡り、祖父の病気と自分の精神状態が良くなるようにとお願いしましたが、何一つ良くなることはありませんでした。その後は武道の稽古にも通うことができなくなり、なんとか仕事だけをして生活する日々が続きました。
 
 そして昨年の9月、とうとう祖父は亡くなりました。悲しさと絶望から、私の精神状態は極限まで悪化。悪夢にうなされることがどんどん多くなり、今度は『四国八十八箇所』巡りを始めました。
 
 その後間もなく、私は西宮・廣宣寺の池本良説師(現在は倉敷・妙照寺に所属)に出会いました。同じ西宮に住んでいるということから、お会いしていろいろと仏教のお話を伺うようになりました。仏様のこと、法華経のこと、御題目のこと、良説師は私を助けるためにいろいろとアドバイスをしてくれましたが、私にはなかなか素直に従うことができませんでした。
 
 そこで良説師が「悪夢を見て苦しいときは、とにかく御題目を唱えてみなさい」と、懐中御本尊とお数珠を私に渡してくださったので、生まれて初めて自宅で朝晩、御題目をお唱えするようになりました。すると不思議なことに、あれだけ苦しめられていた悪夢をとたんに見なくなったのです。同時に精神状態もどんどん良くなっていき、「これが御題目のお力なのか…」と、感動せずにはいられませんでした。
 
 時を同じくして、年老いた日本人らしきお坊さんが夢に何度もでてくるようになり、「人生をあきらめるな。御題目のご信心が君の行き着くところだ。御題目を世に弘め、沢山の人を救いなさい。君の本当の人生は、これから始まるのだ」と教えてくれました。
 
 2017年の3月7日、私は正式に廣宣寺の信者となりました(現在は倉敷・妙照寺に所属)。祖父が亡くなってから、人生も、自分自身をも見失っていた中、御題目のおかげで自分の新たな居場所、新たな人生を見つけることができました。これからはそのご恩返しのために、御題目の教えを世界に弘めるお手伝いをさせていただきたいと思います。
 

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