人を助ける御題目で、自らのアトピーと花粉症を治していただく

倉敷・妙照寺 池本良説

これから申し上げる体験談は、私がまだ西宮・廣宣寺にて出家得度する前の見習いの時に、人を助けたいと願う御題目の口唱に励んだことで、自らの身にも大きな御利益を頂戴した話です。本門佛立宗のご信心は「菩薩行」であることを初めて実感し、これを機に私のご信心に対する決定心が確固たるものへと変わったいったのでした。

まずはじめに、話は得度する以前の数年前までさかのぼりますが、私が一般のサラリーマンとして働いていたときのことです。新しく立ち上がった会社を任され、スタッフは私より更に若い人たちばかりの職場でした。自分の職務は、会社の業務体制を確立しつつも、そのスタッフたちをトレーニングし、さらには日々の収益確保の為の日常業務もこなすという、会社の運営管理から現場の仕事まで全てこなさなければならないとても過酷なものでした。もちろん、会社を軌道に乗せるまでの間、こういった日々が続きますから、毎日ろくに睡眠も取れない状態が続きました。毎日終電に間に合うかどうかの連続で、休日の土曜日も一人会社に出勤し、日曜日の朝だけは家でゆっくり寝ることができましたが、それでも自宅のパソコンで仕事をしていました。

そんな春のある日、私は突然花粉症にかかってしまったのです。それもたいへん重症なものでした。それまでは、花粉症などとは無縁の身で、幼少の頃からスポーツもして健康そのものでしたから、「そんな病気に自分がかかる訳がない」と思っていました。ところが、日々重なる過労のせいか、花粉症で苦しむ身体へと変わってしまったのです。

それに加え、この花粉症が発症する少し前から、ストレスのせいか体中のあちこちがアトピー性皮膚炎になっていました。冬場などはお風呂で身体を洗い、最後に湯船に保湿剤を入れてからそれにしばらく浸かり、上がった後はステロイドの入ったかゆみ止めのきつい薬を患部にぬって、ようやくなんとか日々過ごせる状態でした。夏場になると、身体が汗ばむと同時に体中がかゆくなり、冬場と同じように薬を全身に塗ってしていました。この塗り薬は、良く効く反面、あまり常用しすぎると内臓疾患をおこしてしまうようなきついものでした。やはりその塗り薬のせいで、からだの免疫力が衰えていたのでしょう。今思い返すとそれが原因で花粉症にかかってしまったような気がします。

私がお教務さん(佛立宗の僧侶)になるために出家得度すると決めて、廣宣寺に見習い入寺させていただいたのは12月のことでした。冬場ですので、もちろん皮膚炎を抑えるためにそのきつい塗り薬は常用していました。そして年が明け、2月になるとやはり今度は花粉症が発症してきました。毎日、御宝前のお掃除をさせていただく際に身につけるフクメン(マスク)の下は、もういつも鼻水でいっぱいで、とても人前でマスクを取れる状態ではなかったのを覚えています。実際にこれらの病気にかかっている方々はよくお分かりになるでしょうが、花粉症はたいていの場合、病院へ行っても抗生物質を飲んで発症を抑える程度の治療しかすすめられませんし、突然完治するといったことはなかなかありえません。アトピーに関しても同様で、この二つの病気は発症した本人にしかわからない、その苦しさと長年にわたって付き合わなければならない慢性の疾患なのです。

ただ、ふと考えてみると、教務を目指す身である以上、これは自分の信心前を確固たるものにさせていただくにはちょうど良い機会だとも思ったのです。「よし、この病気を治して頂いて、『現証の御利益』というものを実際に自分が経験すれば、自分のご信心が疑いのないものになり、間違いなく教務として生涯通じてご奉公させていただけるだろう」と考え、これを機に自らの病気の平癒を祈願して、御題目口唱と御供水(おこうずい:御宝前にお供えした功徳水)による御利益をいただくために、御題目の口唱に日夜励むことにしたのでした。

そう心に決めた日から二、三日たったある日のこと、廣宣寺の若いご信者が車で大事故を起こし、貧死の状態であるとの連絡が入りました。すぐさま、お寺をあげての事故当日の手術無事終了のお助行(ご信者が募って当人のために祈願口唱すること)はもちろんのこと、その日から一週間、朝・晩に一時間ずつのお助行が始まりました。時を同じくして、ご婦人のご信者が心臓疾患の手術をされたとのことで、二人のために祈願する一週間が始まったのでした。このとき私は、「自分の病気のことなど命に関わることではない。ここは一旦自分のお願い事は忘れて、この二人を助けるためだけに一生懸命御題目をお唱えさせていただくことにしよう」と決め、自分の口唱の功徳を全てその二人の為に捧げることにしたのです。

一週間のお助行も終わり、二人のご信者も無事に回復へ向かうようになり、ようやくホッと一息つくことができたました。そして「さあ、次は自分のお願いごとの番だ。絶対に御利益をいただいて、治してみせるぞ!」と意気込みも新たに口唱に励もうと思ったその時でした。気がついてみると、つい一週間前まで苦しんでいた花粉症と皮膚炎が、なんとピタリと症状が止まっていたのです!くしゃみで鼻水があふれ出ることもなければ、アトピーの炎症を抑えるための薬もまったく塗っていないことに気づきました。この現実には自分自身本当に驚くばかりでした。この時ふと、「そう言えば、何度も御法門(説法)で『人を助けようと口唱に励むことで、その余慶の功徳で、自分の願い事もおのずと叶う』といった内容のことを言っていたなあ…」と、これまで聴聞させていただいてきた師匠や兄弟子の御法門の内容を思い出しました。それからすぐに開導聖人(当宗の開祖)の御教歌や御指南をいろいろと調べました。するとやはり「おのが身をいのらんとせば人をまた 助けんとする信者なりけり」の御教歌や、「人を助けんと思ふ口唱が却って(かえって)我身の為となる也」といった御指南など、「人助けの菩薩行」をあらわす開導聖人お言葉が数多く見つかりました。それで初めて、「ご信心の基本は菩薩行である」ということ、つまり人助けのことさえ考えていれば、自分のことなど後回しでよいという、その教えの本質を感得させていただいたのでした。

それからというものの、自らの個人的な諸祈願は心の奥底にしまい、ただ「御題目でこの世の多くの人をお救いできますように…」との思いで、いつも御題目をお唱えさせていただけるようになりました。仏様は、我々が心の中で想う願い事などすべてお見通しで、我々が欲深い生き物だということも十分お分かりなはずです。ですから、そんな欲深いわれわれ凡夫が、人の為に一生懸命になる姿を仏様はお喜びになられ、大きな功徳を積ませてくださり、願いを叶えてくださるのでしょう。

この時の出来事を通じて、人様のためにと御題目をお唱えする「菩薩行」に励むことで我身にも大きな御利益を頂戴し、あらためてこのご信心のすばらしさを感得させていただくことができました。その瞬間、私の心はより一層澄み渡り、御題目のご信心に対する想い確信へと変わった瞬間でした。おそらく、仏様が私に「教務となる身のあなたが、まずは自分でこの教えの素晴らしさを知り、そしてたくさんの人々にこれから伝えていくのですよ」と、メッセージを送ってくださったのだと思います。これからも、一教務として信行・ご奉公に精進し、たくさんのご利益を現し、一人でも多くの方をお救いできればと思っております。

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