自宅の火災を通じて、不思議な御利益の数々を実感 Part. 1

倉敷・妙照寺 本郷美紀子さん

一年前の二月七日早朝、私は自宅二階の寝室で熟睡していました。夢の中でガンガンという大きな音と、誰かが私の名を叫んでいる声を聞きました。私は目を覚まし、ガバッと起き上がると、いつもなら横に寝ているはずの夫の姿がありません。さっきの音と声は夢ではなかったのです。そう、夫が実際に外から叫んでいたのです。

「何をしているんだろう?」

と思いながらも、下へ降りようと寝ぼけまなこのまま寝室のドアを開けました。すると目の前が真っ白なのです。何が何だか分からず、しばらくその辺をウロウロしていました。しかものどが痛いし、目も痛い。叫ぼうと思っても声が出ない……。少し時間がかかったもののそれが煙だとわかり、外の空気を吸うために一度寝室に戻って窓を開けました。その時、寝室の火災報知器が鳴り出したのです!

「火事です!火事です!」

ドキドキを抑えながら、その辺にころがっていたタオルを取って口に当て、

「母のところに行かなければ!」

と、這いながら廊下に出ました。我が家は、私が一人っ子のため二十二年前から私の両親と二世帯同居をさせてもらっていました。九年前に父が亡くなってから、母は認知症にかかってしまったのですが、徘徊することもなく、暴力暴言などもなかったので、自宅で介護をしていました。

母の部屋に行くには、階段を下りて我が家のダイニングキッチンを通り抜けなければなりません。転がるように階段を下り、キッチンのドアを開けようとしましたが、ドアのすりガラスの向こう側はすでに真っ赤な状態に…。ためらっているうちに、そのガラス部分が割れて火がこちらに飛び込んできました。無我夢中で裸足のまま玄関のカギを開けて外に飛び出すと、そこには夫と母が立っていました。夫が

「よく出てきてくれた。有難い……」

と言いながら立ち尽くしています。隣の方も出てきてくれて

「おばあちゃん!家に入っておこう!」

と母を連れて行って保護してくださいました。

後で夫から聞いた話によると、朝の五時過ぎ頃に母の家のドアをたたく音が聞こえ、階下に降りてドアを開けると、リビング新聞を配っておられた方が、

「ここから煙が出ている!」

と教えてくれたそうです。それは、母宅の風呂場の換気扇でした。洗面所のドアを開けると、床に置いてある電気ストーブから火が上がっていました。まだ消せるかと思ったそうですが、その火が入り口付近だったので、その先にある洗面台や風呂場にはたどり着けず、台所で水をためようと試みるも、水があまり出ません。どうやら風呂場の水が出しっぱなしの状態だったらしいのです。そうこうしているうちに火は燃え広がり、これはダメだと思って119番に電話。夫は寝室の仏様の前に座っていた母を、その部屋の掃き出し窓から外に連れ出したのでした。
そのあともう一度自宅に戻ろうとしたそうですが、二世帯をつないでいる我が家のダイニングキッチンは、すでに火の海。とても戻れる状態ではなく、仕方なく外に出て二階の寝室の下あたりをガンガンと叩いて私を起こそうとしてくれていたのでした。私が目覚めるのがあと一分遅かったら……と思うと、今でもゾッとします。

消防車と救急車が到着すると、私たち三人は救急車に乗せられてすぐに病院へ搬送。夫は眼球の軽い火傷を負い、母はそのままICUへ運ばれました。

「えっ!?なぜ!?預かってくださったお隣の家で母と話をした時にはいつもと変わらない様子だったのに……」

診察の結果、気道熱傷とのこと。かなり煙を吸い込んでおり、後々腫れてくるらしいのです。夫が見つけた時に母は寝室におり、そこにはまだ火も煙もなかったのですが、それまでしばらく洗面所にいたのでしょうか……真実は母にしか分かりません。その母はというと全く覚えておらず、本人にとっては覚えていない方が幸せなのかもしれません。

母は担架に乗せられ、夫と私は歩いて救急車まで移動しました。その途中、近所の方がジャンパーや毛布などを掛けてくださったり、サンダルを貸して下さいました。なにしろ、パジャマ姿で裸足だったものですから……。ある方は、夫のジャンパーのポケットに現金をつっこんでくださったようで、本当に有難いことです。自分のものは、着ているパジャマだけ。お金はもちろんのこと、身分を証明するものさえ何ももっていなかったのですから。

その後、子供たちが服や靴などを持って駆けつけてくれました。

「下着もないでしょ。」

と、さすが娘。よくぞ気づいてくれた!皆、仕事を休んでいろいろと動いてくれていました。いつの間にか親を助けてくれるほどに成長したんだなあと、あらためて気づかされました。本当に頼もしい限りです。

午後から現場検証が行われた際、焼け跡に恐る恐る戻ると、家の外観はほとんど変わっていないのに中は真っ黒……。とても悲しくなりましたが、涙は出ませんでした。消防士である娘の旦那が言うには、家が火事に遭うとだいたい焼け落ちた屋根が飛んで近所に類焼するそうなのですが、どうやら我が家の場合はそれは免れたようです。

近所の方々、友人、音楽仲間が次々に駆けつけてくれました。温かいスープやお菓子、ジュースなどを持ってきてくださり、そしてなにより、傍にいてくれた……本当に有難い限りでした。

現場検証の結果、母宅の洗面所の隅に片づけておいたはずの電気ストーブが手前にあり、そのコードがコンセントに差さったまま真っ黒の状態で残っており、そこからの出火だと断定されました。ヒートショックが怖いので、母がお風呂に入るときには電気ストーブをつけていたのですが、どうやら母は朝方、自分一人で入ろうとしていたようなのです。ちょうどその頃、昼夜が逆転した生活のリズムになっており、気にはなっていました。

「ああ、私の責任だ。介護が甘かったんだ……」

と後になって自分を責めました。

家の前の道路に座り込んでいた時、突然家の二階からピアノの音が聞こえました。消防隊員と共に梯子で二階に上がると、夫がピアノを鳴らしていました。

「このピアノ、まだ生きてるぞ!」

と叫ぶ夫。その瞬間、

「わあ~っ!」

と周りから歓声が上がりました。その時、なんだか一筋の光が見えたような気がしました……

Part. 2 へ続く >>

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