御題目のお塔婆はすごい!!

亡き精霊を弔うには、上行所伝の御題目が認められたお塔婆を建ててご回向するのが一番。
亡き精霊を弔うには、上行所伝の御題目が認められたお塔婆を建ててご回向するのが一番。

世間のお坊さんはスクーターで走り回る忙しい時期!

もうすぐ秋のお彼岸ですね。妙照寺でも9月23日の秋分の日にはお彼岸会が営まれます。お彼岸といえば世間のお坊さんが突如動きはじめる”不思議”な時期ですね〜。

京都にある本山宥清寺の周りには沢山の様々な宗派のお寺があるのですが、共通していたのは春と秋のお彼岸とお盆の時のみ、突然人が出入りしだすとという光景でした。お坊さんも普段全くといってよいほど姿を見ないのですが、この時期だけはスクーターに乗ってあちこち駆け回っていらっしゃいました。つまり、世間の寺院がいかに亡くなった人たちの回向のみをうたって、檀家(門徒)さんを相手にしているのかがよく分かります。

驚いたのは、念仏を唱える宗派のお坊さんに直接聞いた話ですが、お彼岸とお盆の繁忙期には、お寺のお坊さんだけでは檀家・門徒さんの家を廻りきれないので、全く関係のないアルバイトを雇ってお坊さんの格好をさせ、適当にお経を唱えさせて門徒さん宅を廻らせると言っていたことです。とにかく稼ぎ時なんですって、このお彼岸とお盆の時期は。。。門徒さん宅にお邪魔して、20分お経を読んだ後、残り10分「今日は暑いですね。。。」なんて感じで世間話をしてみんな帰るそうです。これはお坊さんでもアルバイトでも同じだそうです。もっと酷い場合には、いつそのお坊さんが家に来て帰ったのかすら分からないくらい、仕事が早いそうです。門徒さんに言わせれば、気づけば御布施だけが無くなっているだけだと。。。

このように、世間で俗に言われる「葬式仏教」とは完全に異なるのが本門佛立宗です。仏教はそもそも「生きている我々が今の人生をいかに幸せにいきるか」を教えてくれるものですから、佛立宗のご信者さんは毎日お寺に参詣しては、自分で御題目を唱え、御法門(説法)を聴聞して功徳を積みます。もちろん、ご先祖の回向も一緒にされますから、佛立宗の寺院にとって実はお彼岸は特別な時期でもなんでもないんですね。

しかも、世間のお坊さんがやるように、施餓鬼といって亡くなった家族の遺影やお骨を前にして直接モノを御供えをしたり、自分でも意味すら分かっていないお経を長々と読み上げたところで、なにか「やった感」を醸し出すことはできても、亡くなったご先祖には決して何も届かないのです。本門佛立宗が伝える南無妙法蓮華経の御題目だけが、今を生きる我々だけでなく、亡き精霊をも救うことができるのです。

佛立宗の御題目が書かれたお塔婆を建てると凄いことが起きる!

妙照寺のお彼岸会の様子
妙照寺のお彼岸会の様子

特に、亡くなった方のご回向をさせていただく際には「お塔婆」を建てるとさらに多くの功徳を送ることができると言われています。

「お彼岸」や「お塔婆」自体の意味はまた別の機会に説明させていただくとして、実際に本門佛立宗の御題目が認められたお塔婆を建てて、亡き精霊を弔うとどうなるかというお話を、今日はさせていただきたいと思います。

例えば、実際にあったこんなお話があります。

・北海道に余命数ヶ月と宣告されたご信者がいた。自分を養女に出した両親と、自分をいじめ抜いた養父を恨んでおり、無残な死に方をしたその三人のお塔婆を、これまでは形だけは建ていたが、心を込めることは一切なかった。ある日、お寺の教務(僧侶)からお折伏を受け(指導を受けて)、その後心を込めて回向するようになると、すぐに自分の病状が回復。京都の本山やハワイ別院への参詣もできるようになり、それから8年後には他のご信者のお世話をする重要な役割である教区長というお役もいただき、お寺に大きく貢献きるような健康な身体をいただいたという。

さらには…

・とある大阪の大会社の別荘に社員が夏に遊びに行くと、20人行けば20人とも体中に湿疹を起こし帰ってくるとのこと。すると昔そこに住んでいた管理人の老人の息子が、庭で遊んでいた際に石灯籠の下敷きになって亡くなっており、しかも葬式もあげず、そのまま庭の片隅に埋めて葬ったという。会社として誰か僧侶を呼んでご回向をしてもらおうということになったとき、たまたま社員に本門佛立宗のご信者がおり、その人が所属するお寺の教務に依頼。現地で御本尊をおかけし、亡くなった子供の俗名を書いたお塔婆を建ててご回向を行ったところ、その後また無事に別荘として使えるようになったという話。

・母親と共に板金塗装を営むある女性信者が、工場の隣地40坪を購入したかったが、一坪300万円という高値であきらめていた。しかしその後、自分の家族皆に信心をさせ、皆でお寺の朝参詣に励み、その隣地の所有者の各家先祖代々のお塔婆を毎日建ててご回向すると、しばらくしてその所有者が逆に土地を買ってくれと言い出す。値段も以前の三分の一で良いとのことで、すぐに購入、駐車場として現在使用中。

などなど、佛立宗の御題目で亡き精霊をお弔いすると、ビックリするようなことが次々と起こるわけです。つまり、回向をしなかったご先祖の霊が自分に悪さをしていたのが、御題目でお弔いすることで喜んでくださったり、あるいは関係のない人のご先祖を弔って、こちらの味方についてもらうなど、我々の想像を絶することが実際に起こるのです。

私も身近に同じようなことを経験

私の妻にはちょっと不思議な力がありまして、なんと「亡くなった霊魂と眠っている夢の中で直接話をする」ことができるのです。

あるとき、亡くなったご信者の家に枕回向に伺った際、妻も勉強の為にと連れて行ったのですが、帰り道で「あのおばあちゃんの霊を身近に感じる」と言っていました。その夜、やはりそのおばあさんは妻の夢の中に出てきて、こう話したそうです。

自分が死んだら(10年前に)亡くなったお父さん(ご主人)に会えると思っていたのに、全く違う真っ暗闇のところへ放り込まれてしまった。しかも苦しくてしょうがない。どうか助けてほしい

残念ながらそのおばあさんは生前、自宅に御本尊をお祀りしてはいたものの、お寺に参詣することもなければ、家で法要を営んだりすることも全くありませんでした。どうやら亡くなってから自分が今後とんでもない世界で苦しむことになるのが分かったのでしょう。

翌朝、この話を聞いた私は、

「残された家族もちゃんとご信心をしていないからなぁ。。。明日からせめて、僕たち二人だけでも四十九日忌が終わるまで毎朝お寺でお塔婆をあげさせていただこう」

と妻に話しました。すると妻が突然泣き始め、しかも30分経っても泣き止まないので、心配になった私は「大丈夫か?」と聞くと、

これは私が泣いているんじゃないの。亡くなったおばあさんが嬉しくて泣いているの

と妻は言いました。

人間は、亡くなって初めて自分の罪障の深さに気づき、御題目の力の偉大さをを知るのでしょう。ご先祖のお弔いももちろん大事ですが、あらためて自分自身が日々、功徳をちゃんと積ませていただかなくてはならないなと、考えさせられた出来事でした。。。

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