誕生自祝

誕生自祝

世間でも命というものは大変尊いものだと考えられていますが、真実の仏教、南無妙法蓮華経のご信心にお出値いできたご信者は、とくにその命の価値が増していきます。ご信心によって一日一日積み重ねた功徳というものは、その人の魂に刻みこまれ、その肉体は滅びても、未来永劫に渡って持って行けるのです。一方、現世で手に入れた資産というものは、死んでしまえば人間にとって何の価値もなくなってしまいますし、だからといって未来世に持っていけるわけでもありません。欲にまみれた生活を送る人の一日の長生きは、逆に罪障を単に積み重ねてしまうだけになってしまいます。

日蓮聖人は次のように教えてくださっています。

命と申す物は一身第一の珍宝也。一日なりとも、これを延るならば千万両の金にもすぎたり
(可延定業書)
命というものは、人間にとって世界中のどんな珍しい宝よりも尊い宝である。ゆえに(御題目の信者が)一日命を長らえるならば、千万両という大金(数えきれない程の大金)の価値よりも有難いことである

佛立信者は一年、また一年と年齢を重ねる喜びを感じ、ご宝前にお礼を言上させていただきます。この、自ら誕生日を迎えた喜びをお祝いさせていただくことを「誕生自祝(たんじょうじしゅく)」といいます。

世間では「誕生日は人に祝ってもらうもの」と考えますが、日々健康に暮らし、また一年の貴重な寿命を得られたのは、いうまでもなく御仏(みほとけ)のお護りあってこそなのですから、そんな「お蔭」を感じ、感謝の心を育てるのが、本門佛立宗のご信心でもあります。人にお祝いしてもらう前に、まずこの命あることの喜びと尊さを感じて、誕生日には自らお寺に参詣し、御礼の「誕生白祝」を御宝前に収めさせていただきましょう。

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